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「定常状態ーを越える」べく 「○」と何人かが音楽全般ほかよろず語り下ろし中!! / 「すべての表現するココロに捧ぐ」べくお送りしています つねに更新中!maru1978eonta@gmail.com!
by maru-eo 生きてく日々のメモ
文脈を参照して内容を割り引くことを「批判」と言います。 批判というと日本では攻撃と勘違いされがちですが、違います。 批判とは、隠されていた前提を明るみに出し、前提を取り替えると成り立たなくなることを証明して見せる営みのことを言うのです。 ●○●○●○●○●○● 宮台真司 07年12月22日 カテゴリ
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・Profile ●○オンガク漂流○● イアニス・クセナキス論 ビョークの研究 クラシカルM JAZZ 「Jポップ」を擁護する 一青窈 ・・・ハナミズキ・・・ 文学 日本浪漫派研究 ニッポンの詩人たち 本・映画・芝居 『ジョゼと虎と魚たち』 マンガ・アニメ おいでませ世田谷 1978年のスレッド 雲の写真館 AB型の杜 「TV」をつけなさい 過去の「生きてく日々のメモ」 ▼成長するってこラム▼ 芸能時評 宇多田とUTADA 『星暦2004年物語』 @ネット/コミュニケーション #向井秀徳界隈# 写真のお勉強 加納真実ファン 過去の「生きてく日々のメモ」2 ◆・ダンス・◆ 哲学および宗教的なこと W・A・モーツァルト 柄谷・浅田〈宮台〉東・北田 J・ヒップホップ スポーツ 武満徹 料理 jiroさんのニューヨーク日記 リュウキュウコ 70年代ニッポン つじあやの テレサ・テン 美空ひばり 竹中労 中森明菜 鬼束ちひろ ニッポンのうた 折々の「夜汽車」ソング 落語 桂文楽 フェイ・ウォン 山口百恵 赤江珠緒の会 チャーリー・パーカー アルバート・アイラー レ・ミゼラブル 唱歌・童謡・軍歌 川本真琴 ♪ロッキング タイム♪ 玉置浩二 シイナリンゴ周辺 サザンオール・スターズ ■試聴室■ Coccoのあたりで ACO讃 『メゾン・ド・ヒミコ』 追悼 高田渡 『池袋デパート哀歌』 「くるり」を全部聴く会 タンゴへの旅 『ニッポン人と戦争』 2006年台湾旅行記 YUIを応援します レゲエ・ダヴ なんでも植物図鑑 過去の「生きてく日々のメモ」3 自転車 以前の記事
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下山進著「アメリカ・ジャーナリズム」(丸善ライブラリー)から 本人の言葉。 「しかし、本当にジャーナリストにとって重要なのは、 歴史をどう読むかということではないでしょうか? 現在、目の前に起こっていることを、歴史の中で意味づけていく 能力のある記者こそが本当に偉大なジャーナリストであると思います。」P88-89 「ジャーナリズムはハルバースタムの言うように、 『世の中の複雑怪奇な現象を人々がわかる言葉に 翻訳してみせる』ことである。こうした世の中の大きな流れが どうなっているかその方向を決定づけるためには、 膨大なデータの分析が必要になってくる。 そのデータの分析からある方向性をさぐりだし、 その上でその方向性に合致する個別のケースを 紹介するというのが、優れたジャーナリズムだ。」P122 以下はハルバースタムの言葉。 「アメリカでジャーナリズムと言えば、権威に挑戦し(challenge)、 疑問を投げかけ(question)、物事の意味を捉える(analize)ということです。 日本のジャーナリズムは、広報されたことをそのまま伝えるという側面が まだまだ強いという気がしました。」P2 「アメリカの教育は、物事の意味を捉え、教授に質問させ、挑戦することを教えます。 日本の教育は、それとは反対に、まず先生の言うことは正しいものだとして 覚えることから始まる。 アメリカのジャーナリストと日本のジャーナリストの違いは、 両国の教育の違いによるものではないかと 私は考えています。」P2 「働いてるほうが楽だよ。 ここの生活も気楽ちゃ気楽だけど、 それだけだね」 報道特集(TBS)で、やっていたホームレスの人の言葉。 湘南 ! で二人で気ままに暮らしていたうちの一人が、 けっきょくテントを出て行くことになって言ったもの。 もはやいまでは、冬にもなると特に、 ホームレスっていいよなあ、 などとは思わなくなっているけれども、 やっぱりそうだよなあ、としみじみ 思ってしまう。 よく思うのは、ホームレスの人たちは 個人主義が強いように思うけれど、 それぞれの言葉は似たものが多くて 心になかなか入ってこない、ということ。 ニュースなんかでは、彼ら(どういうわけか テレビで見るのは男性ばかり)も、 個人の本音じゃなくて、 取材などでは、一般社会向けのおきまり のことしか言わないのかも。 それならそれで、なにやらとても 世知辛い気がするなあ。 そういうなかでは、もしかしたら、 はじめて心にとまったことばかもしれません。 ちなみにメモした場所が給料明細の 封筒でした。 最近は、勤め人なら、いつ失職するかと 不安だし、社長になったら倒産怖いし。 もしかしたら気楽だといえるだけでも すごく貴重なことなのかも。 作家の立松和平さんが死去。享年62。 ラリー出場やボクシングののめり込むなど、行動する作家として 知られた。 以下、ご本人の言葉。 1)、 「カメラマンはカメラで撮る。 音声さんは音声を録る。 僕は、それらを言葉で伝えようとするんです。」 2)、 「あほなことを すれば するほど 大きくかえってくる。」 (1)はさりげなさすぎるし、(2)は、なにやらお気楽なよう。 でも どちらもある種の人たちには勇気や力を与えてくれるいい言葉なように思いました。 人にはそれぞれやるべき役割がある。そして、なかには、あほなことでも必要な 人もいる。「すればするほど」ってとこが、性格や行動を表現してそうで、すごく面白い。 ご冥福をお祈りします。
去年の夏の話題ですが、いまでもすばらしいと思う。 日々の「笑っていいとも」や「タモリ倶楽部」と一緒に読むことはオレの喜びです。 いい意味でのお守り。 ◆○◆ 赤塚不二夫さん葬儀 タモリさんの弔辞全文 8月7日11時53分配信 産経新聞 タモリさんの弔辞は以下の通り。 「8月の2日に、あなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが、回復に向かっていたのに、本当に残念です。われわれの世代は、赤塚先生の作品に影響された第一世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクターは、私達世代に強烈に受け入れられました。 【写真で見る】 インタビュー中にウナギイヌを描く赤塚さん 10代の終わりから、われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは、今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ。私をみている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。 終わって私のとこにやってきたあなたは『君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住む所がないから、私のマンションにいろ』と、こういいました。自分の人生にも、他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。それから長い付き合いが始まりました。 しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては、深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタをつくりながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。ほかのこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、未だに私に金言として心の中に残っています。そして、仕事に生かしております。 赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。マージャンをするときも、相手の振り込みで上がると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。あなたがマージャンで勝ったところをみたことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかしあなたから、後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたことがありません。 あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折みせるあの底抜けに無邪気な笑顔ははるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀のときに、大きく笑いながらも目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺のときたこちゃんの額をピシャリと叩いては『このやろう逝きやがった』とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。 あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。 いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い出されています。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外でのあの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あのときのあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。 あなたは今この会場のどこか片隅に、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、肘をつき、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言っているに違いありません。あなたにとって、死も一つのギャグなのかもしれません。私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だにしませんでした。 私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言うときに漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌。平成20年8月7日、森田一義」 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080807-00000908-san-soci 友人のビデオアーティスト(?)内藤慈(めぐむ)君が、自前のホームページを立ち上げました。 いまさらなぜ、と思われがちなビデオアートを探求し、日々考察していくという貴重で奇特なサイトです。 前途多難そうな道を、懲りずに歩み続ける彼を、どうぞよろしく。 いまのところ、これまでの作品紹介、友人の作品告知、プロフィールなどを見ることが可能です。 彼との付き合いは長いですが、いまだにビデオアートってなんだかさっぱりわかりません。 とりあえず、目の前に開いた大きな穴を少しずつ埋めていくような、序文が泣かせるぜ、って感じですね。 >>>内藤慈映像研究室BODY HAMMER http://music.jp.msn.com/interview/242_7.htm キリンジ She&Him 『Volume One』 Roger Nichols & the Small Circle of Friends 『Full Circle』 Brian Wilson 『That Lucky Old Sun』 Clare & the Reasons 『The Movie』 V.A. 『HI GREATEST HITS』 武満徹(小澤征爾指揮) 『ノヴェンバー・ステップス』 bird イヴァン・リンス 「モード・リーヴリ」 KAMA AINA/R.T./MOOSE HILL 「RAINBOW HAWAII」 シェリル・クロウ 「C’mon,C’mon」 リトル・テンポ 「山と海」 セルジオ・メンデス&ブラジル'66 「マシュ・ケ・ナーダ」 奥田民生 John Mayer Trioアルバム『トライ!ライヴ・イン・コンサート』 AC/DCアルバム『悪事と地獄』 NRBQアルバム『Transmissions』 The Metersアルバム『The Very Best Of The Meters』 Sly & The Family Stoneアルバム『新しい世界』 中島美嘉 COLDFEET 『BODYCHOP』 柴田淳 『Single Collection』 ティンティンズ 『We Start Nothing』 エイミー・ワインハウス 『バック・トゥ・ブラック』 SION 『20th milestone』 クラムボンというか原田郁子 グレン・グールド「第30変奏 クオドリベット(1段鍵盤)」(アルバム『ゴールドベルク変奏曲 BWV988』収録) Hanne Hukkelberg「Do Not As I Do」(アルバム『Little Thing』収録) Lamb「Lusty」(アルバム『Lamb』収録) Joni Mitchell「Conversation」(アルバム『Ladies of The Canyon』収録) Roberta Flack「Ballad Of The sad Young Men」(アルバム『First Take』収録) Jazztronik ジョバンニ・ミラバッシ「パチルザンの夜」(アルバム『AVANTI! 』収録) フェネス「Caecilia」(アルバム『エンドレス・サマー』収録) ハーバート「サムシング・イズント・ライト」(アルバム『スケール』収録) 坂本龍一「アモーレ」(アルバム『BEAUTY』 / 『/05』収録) 4ヒーロー「モーニング・チャイルド」(アルバム『プレイ・ウィズ・ザ・チェンジズ』収録) ビートクルセーダーズ BATTLES アルバム『Mirrored』 bloodthirsty butchers アルバム『ギタリストを殺さないで』 THE COURT アルバム『HELLOWAYS』 WISE シングル『Shine like a star』 YOUR SONG IS GOOD アルバム『HOT! HOT! HOT! HOT! HOT! HOT!』 ボニーピンク Sugarcubesアルバム『Life's Too Good』 Bill Withersアルバム『Greatest Hits』 Amy Winehouseアルバム『Back To Black』 Feistアルバム『The Reminder』 Jose Gonzalezアルバム『Veneer』
『北の国から』というドラマ・物語は 一人の父と子ども達の話だと思われがちである。 でも、それは主軸であるひとつの大きな要素であるけれど、 じつは、そのまわりには多くのおじさんの話でもあるのじゃないだろうか。 自分をめぐる、その中心だけを、大事なものとして捉えるのは窮屈だ。 自分のまわりにある、それは不可測だという、いいわけを許すような 関係に、大きな意味を見いだすこと。いま僕らを覆い尽くすような えらい息苦しさを超えるために。 『北の国から』に、リアルタイムで触れた瞬間から、何年も経ったことでこそ 考えられること。 親がどうとか、よくわからない人が増えたいまこそ、思うべきことがあるだろう。 おじさんたちがリアリティーを持って存在している物語。 『北の国から』はそういったものとしてこそ、いま見られるべきじゃないか。 おとうさんが、おじいちゃんになることよりも、 おにいちゃんがおじさんになることに目をこらすこと。 何人かの主役よりも、たくさんの準主役に感情移入できること。 よく、誰もが人生の主人公、とさだまさしのうたのようにいいますが、 そんなことはあるようで、ないようで、きれいごとのようで、とてもきれいではない言いぐさのようで。 誰もが、いろいろな、無数の人生の、準主人公なのではないでしょうか、と思ったほうが ずいぶんと気楽になれる。もっと、きちんと多くのことを見ることができるようになる。 『北の国から』というドラマ・物語に満足できないことがあるとすれば、 ある種の視点を上記のように転換することで、もっと多くのことが見えてくるのではないでしょうか。 それを一言で言えば、たった一人の主人公が中心にいる物語の終わり。 多くの物語を紡がない主人公たちが、準主役として生き生きと生きる無数の物語の始まり。 いま風が吹いていて、 風と出会ったし 服とも出会ったし 糸とも出会ったし その中に人もいたし ・・・・・・・・・・・・・・・ 何か意図的なものを 排除する。 それが本質に触れることなんじゃないかな と思います。 山口小夜子 詞・曲:岸田繁 僕が旅に出る理由はだいたい百個くらいあって ひとつめはここじゃどうも息も詰まりそうになった ふたつめは今宵の月が僕を誘っていること みっつめは車の免許とってもいいかな なんて思っていること 俺は車にウーハーを(飛び出せハイウェイ) つけて遠くフューチャー鳴らす(久しぶりだぜ) なにかでっかい事してやろう きっとでっかい事してやろう 飛び出せジョニー気にしないで 身ぐるみ全部剥がされちゃいな >>> おそらく大学で同じサークルにいた西村くん。 NHKの番宣で見た限りでは、あの西村くんである。 いまやエストニアでバリトン歌手ですと。 しかも作曲と合唱の指揮もやっているとな。 たしかに歌うの好きだった。 音楽のこともいろいろ知っていた。 ただ職業歌手で、海外の国立合唱団に入った というだけでなく、 もっと奥行きのある音楽生活を送っていることに驚く。 なんだか、オレが知っている時から、そのまま好きなことすべてを抱えたまま なお大きく前進している様子。 音楽で国境を越えて、その上で、やりたいことを最大限にやる、 すごい人だ。 >>>関口知宏のファーストジャパニーズ >>>本人の言葉
昨日はクリスタルケイ。 今日は引っ越し先探し。 いくつか見た中で一番良さそうなのが 家賃5万8000円、敷金なし、礼金一ヶ月、というところ。 2階で風通しも良いし、収納もそこそこあるし、一番耐え難そうな窮屈さもあまりない。 昭和52年築なので、いま住んでいるところより10年は新しい。 現住所から5分くらいの距離。 ここまで近いと、引っ越しというよりも移動という感じであります。 要望である 1)エアコン付き、2)洋式トイレ、3)世田谷区世田谷 のうち、2つはクリアしている。 ここを基準にほかも探してみようと思います。 昨日みたクリスタルケイは 曲を聴くと言うよりも 歌を聴くという感じで良かったです。 フジロック以来のライブでしたが、楽しかった。 一人の歌手のイベントを楽しむというよりも イッコの音楽ライブを楽しんだ、という感じ。 こりゃ、けっこう、すごいことだと思います。 ご本人は9月に大学を卒業すると言うことで 秋からは音楽に専念することになるらしい。 22歳なのにキャリア10年。 これからもっと自由に好きなことができるようになっていく歌手なんだろうなあ、と思いました。 すばらしくいいことです NHKCD新落語名人選 五代目鈴々舎馬風口演 ユニバーサルミュージック 2005 紙入れ 猫の災難 決定盤艶噺・廓噺 その2 六代目三遊亭圓生口演 五代目柳家小さん口演 コロムビアミュージックエンタテインメント 2008 艶笑噺 三年目 不動坊 紙入れ 談志が選んだ艶噺し〈八〉~「紙入れ」「めぐすり」 CO-コロムビア 1999.12.18 (1)紙入れ(三遊亭円弥) (2)めぐすり(土橋亭里う馬) 落語名人撰(9)古今亭志ん生 AP-アポロン 1988 (1)紙入れ (2)疝気の虫 決定盤志ん生落語集 2 古今亭志ん生(5代目)口演 コロムビア 1994 化物使い 泣き塩 権兵衛狸 紀州 梅 NHK落語名人選 54 古今亭志ん生(5代目)口演 ポリドール 1994 泣き塩 紀州 権兵衛狸 六尺棒 十代目金原亭馬生十八番名演集 1 十代目金原亭馬生口演 コロムビアミュージックエンタテインメント 2007 紀州 子別れ-通し- NHK落語名人選 6 三遊亭金馬(3代目)口演 ポリドール 1990 居酒屋 紀州 目黒のさんま ライヴ上方艶笑落語集三 二代目露乃五郎 1996 紀州飛脚 人形の目 代 決定盤 志ん生落語集2 CO-コロムビア 1994 (1)化者使い (2)うなぎ屋 (3)泣き塩 (4)権兵衛狸 (5)紀州
実は志ん生さんは大津絵(節)を唄うのが得意でね。 殊に「冬の夜」が十八番。 (略) 慶應義塾塾長で今の天皇陛下が皇太子だったころに教育を担当した小泉信三先生が、年に一遍志ん生さんを座敷に呼んでこれを聴き、その度ごとに泣いたそうです。小泉先生は戦争で息子さんを亡くされたんやそうです。『米朝よもやま噺』P125 古今亭志ん生傑作選 (四) 古今亭志ん生(5代目)口演 ポニーキャニオン 1988
弔辞 八月の二日にあなたの訃報に接しました 六年間の長きにわたる闘病生活のなかで ほんのわずかではありますが 回復に向かっていたのに本当に残念です われわれの世代は赤塚先生の作品に影響された 第一世代といっていいでしょう あなたのいままでになかった作品や その特異なキャラクターは わたしたち世代に強烈に受け入れられました。 十代の終わりから われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。 何年か過ぎわたしがお笑いの世界を目指して九州から上京して 歌舞伎町の裏の小さなバーで ライブみたいなことをやっていた時に あなたは突然わたしの眼前に現れました その時のことはいまでもはっきり覚えています 赤塚不二夫が来た、あれが赤塚不二夫だ、わたしを見ている この突然の出来事で 重大なことにわたしは アガることさえできませんでした。 終わってわたしのところにやってきたあなたは 「きみは面白い。お笑いの世界へ入れ 8月の終わりにぼくの番組があるからそれに出ろ それまでは住むとこがないから わたしのマンションにいろ」 と、こう言いました。 自分の人生にも他人の人生にも影響を及ぼすような 大きな決断を、この人は、この場でしたのです。 それから長いつきあいがはじまりました。 深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタを作りながら、あなたに教えを受けました。 いろんなことを語ってくれました。 お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと ほかのことも色々とあなたに学びました。 あなたがわたしに言ってくれたことは いまだに、わたしにとって金言として、こころのなかに残っております。 そして、仕事に生かしております。 あなたはわたしの父のようであり、兄のようであり、 そして時折みせる、あの底抜けに無邪気な笑顔は はるか年下の弟のようでもありました。 あなたは生活すべてがギャグでした。 あなたの考えは すべての出来事、存在を あるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。 それによって人間は、重苦しい陰(いん) の世界から解放され、軽やかになり、また 時間は前後関係を断ち放たれて、 そのときその場が、異様に明るく感じられます。 この考えをあなたは、見事に、一言で言い表しています、 すなわち、 「これでいいいのだ」と。 たこちゃんの葬儀の時に大きく笑いながらも、 目からはボロボロと涙がこぼれ落ち、 出棺の時、たこちゃんの額をぴしゃりと叩いては 「このヤロー、逝きやがった」 と、また高笑いしながら 大きな涙を流してました。 あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。 あなたはいま、この会場のどこか片隅で ちょっと高いところから あぐらをかいて、ひじをつき ニコニコと 眺めていることでしょう そしてわたしに 「お前もお笑いやっているなら 弔辞で笑わしてみろ」と 言っているにちがいありません。 あなたにとって、死も、 一つのギャグなのかもしれません。 わたしは人生で初めて読む弔辞が あなたへのものとは夢想だにしませんでした。 わたしはあなたに生前お世話になりながら 一言もお礼を言ったことはありません。 それは肉親以上の関係である あなたとの間に お礼を言うときに漂う他人行儀な雰囲気が たまらなかったのです。 あなたも同じ考えだということを 他人を通じて知りました。 しかしいま お礼をいわさしていただきます 赤塚先生、本当にお世話になりました。 ありがとうございました。 わたしもあなたの数多くの作品の一つです。 合掌 平成二十年八月七日 森田一義 ======================== タモリ、人生初の弔辞を読む。 最後には少し詰まっていたけれども、涙を見せずに淡々と、たぶんなんにも書かれていない紙眺めながら、読んだタモリ。 ほんとうに肉親以上の仲だったんだなあ。 生まれる前からあった出来ていた関係でなくて、自分で何かをしようと思ってから、出会ったんだな。 自分が何者かになろうとしたときに、きみはそれになれ、と言ってくれた人がいるということは、なんとかけがえがないことなんだろうか。 タモリのことをなんとはなしに好きなのは、毎日テレビに出ていながらも、予定調和に終わらせようという態度がないからだ。いつまで経ってもそのへんにいそうな、いっけん普通よりも怪しい雰囲気を守り通しているところだ。 なにかを作り上げて完成させるのではなくして、作り上げられそうだなあ、というのの一歩手前で、かるく壊してしまうというあり方だ。どっかボブ・ディランにも通じる、しようのなさ、がある。 ほかの大物たちとタモリに違うところがあるとすれば、多くの人が一つの番組や作品のなかで無茶なことをしてある種の約束事を壊すのに対して、タモリはその番組や作品自体を壊してしまうところだろう。それも全部を壊してしまうのではなくて、なにか重大だけれども、別の見方れはほんとうに些細なヒビのようなものを、タモリは入れていく。 だからタモリはいつまでも完成しない。タモリはTV番組をやっているのではなくて、TVで芸をしているのだと思う。TVに出る芸人はとても多いけれども、こういう人はなかなかほかに思い付かない。 タモリが演る「笑っていいとも」は、いつまでたっても古く、マンネリになることを免れる。そのことに価値があるのかどうかは別にして、番組が終わらないという事実や、オレのような視聴者にゆるいけれども、確実な現実や日常の感覚を与えてくれるのはうれしいことだ。 そういうタモリを作った(とタモリが言う)赤塚不二夫は、いつまでもバカでなけりゃあならないよ、と言う。そういうことを言う人は多いが、バカってのはすごいなあと思わせる人は少ない。タモリという人の根っこにそうした金言の数々があるということを作り手がいなくなって、初めて一つの事実になった。 ダメだよぉ。なあ、もう死ぬまでバカでいなきゃあいけない。お前バカなんだから。 タモリこと森田一義という人が初めて弔辞を読んだのだ、ということは、彼が慕うほんとうの先輩がとうとうこの世からいなくなってしまう時がきたということを意味する。タモリが責任をもって弔辞を読む、という事態がきたということをタモリ自身はどう感じているのだろう。 きっとタモリがやることにはこれからも変化はなくて、これからも毎日「笑っていいとも」は続くのだろう。でも、そうした毎日の奥のほうで、現実の時間は流れ続けているのである。 人は、時間が流れて、時が変われば、変わらずにはいられない。でも、なかには変わらないことに変わらずに続けて、相も変わらずにバカでいようとした人もいたし、いまもいるってこと。 じっさい漫画家に接しますと、あんまり面白い方はいらっしゃらなくて、それでいいますと、赤塚さんはほんとに、ご自身で漫画そのものをやってらっしゃったってとこがあって、ああ、すごいなあ、って、ちょっとぼくもそんなふうになりたいなあって思いましたね。ー梅図かずおー マイルス・デイヴィスと緊張しまくるタモリ ↑のことを語るタモリ 風采のあがらない眼鏡のタモリが赤塚不二夫と出会った時(?) ↑にも出ている坂田明のすごさ。 元・神様・岡林信康とニュートラルなタモリ 女王・美空ひばりとコルネット吹くタモリ
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