「屋上にいきたぁい」と泣く子供の母親に販売員が「いつか捨てられますよ」と言ってクレームになったという話がこの百貨店の本屋さんにはあって、怒る母親をよそに販売員は子供に飛行論をぶっていたという。そのテラヤマさんは青森生まれの、どうみても大きすぎる革靴をつっかけちょっと猫背でボソボソ喋る、七階奥の本屋さんの名物販売員だった。若い頃のことを訊いても答えは嘘ばかり、真剣に話すのは夢のようなことばかり。新年会で外を見ながら「幾千の覗き窓」と呟いた人。テラヤマさんはもうずっと前に定年された。テラヤマさんがいなくなってからもう随分近代化されたその本屋さんは大型書店の出現に圧されてそろそろあぶなそうだ。トイレの落書きに「アクション・ポエムだよ!」と叫んで会社相手に一人で論駁を張ったというテラヤマさん、浪人生にL・ヒューズを薦めたテラヤマさん。そんなお客さんやお店を怖がらせたテラヤマさんはじつは小柄な人だった。