![]() 「定常状態ーを越える」べく 「○」と何人かが音楽全般ほかよろず語り下ろし中!! / 「すべての表現するココロに捧ぐ」べくお送りしています つねに更新中!maru1978eonta@gmail.com!
by maru-eo 生きてく日々のメモ
文脈を参照して内容を割り引くことを「批判」と言います。
批判というと日本では攻撃と勘違いされがちですが、違います。 批判とは、隠されていた前提を明るみに出し、前提を取り替えると成り立たなくなることを証明して見せる営みのことを言うのです。 ●○●○●○●○●○● 宮台真司 07年12月22日 カテゴリ
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死の国の世代へ ー闘争開始宣言ー どんな遠くの気配からも暁はやつてきた まだ眼をさまさない人よりもはやく 孤独なあおじろい「未来」にあいさつする 約束ににた瞬間がある 世界はいつもそのようにわたしにやつてきたか よろこびは汚辱のかたちで 悪寒をおぼえ吐きだす澱のように 希望はよれよれの雲 足げにされてはみだした綿のように けれどわたしのメモワール わたしのたたかい それは十年の歳月をたえてやつてきた わたしは同志ににたわたしの憎悪をはげますように こころが温もつたときたたかわねばならぬ こころが冷えたとき遇いにゆかねばならぬ 十年の廃墟を搾つてたてられたビルデイングの街をすてて まだ戦禍と死者の匂いのただよう死の国のメトロポールへ 暁ごとに雲母のようにひかる硝子戸を拭いている死の国の街へ 戦禍によつてひき離され 戦禍によつて死ななかつたもののうち わたしがきみたちに知らせる傷口がなにを意味するか 平和のしたでも血がながされ 死者はいまも声なき声をあげて消える かつてたれからも保護されずに生きてきたきみたちとわたしが ちがつた暁 ちがつた空に 約束してはならぬ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 昭和34年(1959)1月1日『日本読書新聞』初出。 吉本隆明:1924年(大正13年)11月、東京、月島生まれ。 こういうことを書いた詩人が、日本の一時期を代表した評論家でもあったということは重要だろう。多くのシンパを生みだした評論活動はまさに“戦後日本最大の思想家”と呼ぶのに相応しいが、やっぱり吉本氏の本質は詩人だと思う。 吉本隆明のことばは、理解されることよりもまず発せられることが第一義にある。正直、吉本氏は自分のことばや考えていることがそのまま他人に伝わるとは思っていないように思う。それ以上に伝わった瞬間に、なにか違ったものに変わってしまうことを予期してさえいると思う。 氏は「自分が読んできた作家などが肝心な時に黙ってしまうことがよくあったから、自分はとりあえず自分の思っていることをその都度言っていく」みたいな発言をしており、最近は完全にそういうモードに入っている。訊かれるがままに重複もクソもなく所信を表明している。 いまこそ、吉本氏を詩人として捉え直したい。 この作品では、氏は自分にも問うている。 世界はいつもそのようにわたしにやつてきたか この問いに氏は問いとは別の仕方で応えている。問いは読み手に向けて成されている。氏における「たたかい」はかの戦争ともうひとつ目の前にあるものだった。「孤独」と「たたかい」。 目の前のたたかいに「死者」を呼び戻す。この死者は、34年当時に共有されたか。 かつてたれからも保護されずに生きてきたきみたちとわたし のあいだで。 末連。 死者はいまも声なき声をあげて消える かつてたれからも保護されずに生きてきたきみたちとわたしが 2つ目の文の前半部分の不親切さが、吉本氏が聞いている「死者」の「声なき声」を聞くことの困難を伝えている。その前の文。 戦禍によつて死ななかつたもののうち わたしがきみたちに知らせる傷口がなにを意味するか なにを意味するのか、を考えるのは詩人ではなく読み手である。詩人は思いを発している。 最末文。 ちがつた暁 ちがつた空に 約束してはならぬ 吉本隆明氏の本質がロマン的な詩人であることを明証している文だ。 これを読む読み手は「約束」しなくてはならないが、待たれている約束はかなり困難なものだ。詩人はその論理や心情を内に秘めたまま読み手に親切に示してはくれない。結局通じないというアンビヴァレンツさえ感じる。しかし、いかにも氏が論文において語る「大衆」らしい言葉遣いの以下のような文が意味を強くする。 こころが温もつたときたたかわねばならぬ こころが冷えたとき遇いにゆかねばならぬ 氏には味方よりも敵の方が多いのだろう。それは氏の思想の持ち方、思考を育てた時期が影響もしたのだろう。それは同時に氏をまず詩人として出発させた。容易には伝わらぬ思いを表明すること。論理を組み立てるのはその後。 氏を取り巻いていた強い状況やら情況が力を失いきったように思えるいまこそ詩人としての吉本隆明を読みたい。 他人の思いや発言がそのままに伝わるはずがないという思いが溢れているいま、詩人の書き付けた思想はより普遍の度を増して、読み手に届くのではないか。 とりあえず吉本氏のこの詩には、出遇いなおすべき2つの「たたかい」がある。 『吉本隆明全著作集 (1) 』定本詩集(勁草書房)←買えます。
by maru-eo
| 2004-08-31 00:56
| ニッポンの詩人たち
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